佐藤駿、ポスト羽生!?GPファイナルジュニア男子歴代最高点で初V!!

 

フィギュアスケートグランプリシリーズも先日、ファイナルを迎えました。

 

大好きなゆずるんが2位だったのは残念でしたが、GPファイナルジュニア男子で歴代最高点をたたき出し、見事優勝した選手はなんと日本人じゃないですか!!

 

しかも羽生結弦選手と同じ宮城県仙台市出身の15歳、佐藤駿君!

全日本選手権での演技を拝見したことはありましたが、そうか~仙台市出身かあ!!

 

同じ宮城県仙台市出身のミムラとしては、佐藤駿くんを知らねばなりません(笑)

というわけで、佐藤駿くんを大解剖していきたいと思いますよ。

 

佐藤駿、ポスト羽生!?GPファイナルジュニア男子歴代最高点で初V!!佐藤駿くんの人物像とは?

 

佐藤駿、ポスト羽生の呼び声高い!GPファイナルジュニア男子歴代最高点でV!!佐藤駿くんの人物像とは?

 

 

佐藤駿(さとう・しゅん)

2004年(平16)2月6日、宮城県仙台市生まれ。

5歳の時に五輪金メダルの荒川静香や羽生結弦らを輩出した「アイスリンク仙台」で競技開始。ノービス時代に全日本ノービス選手権4連覇。18年全日本選手権は4回転トーループを跳ぶなどして12位。ジュニアGPシリーズは今季初参戦。

趣味は読書、音楽鑑賞。160センチ。血液型はO。

引用元:Wikipedia

 

仙台市ではおなじみの「アイスリンク仙台」を拠点として、フィギュアスケートを始めたんですね。

 

その後、2011年の東日本大震災の影響で、関東への転校を余儀無くされたようです。

5か月間は川越スケートセンターに練習拠点を移して、練習に励んでいたようですね。

 

東日本大震災の際、羽生結弦選手もアイスリンク仙台での練習ができず、仙台市外へ練習拠点を移していましたよね。

 

佐藤駿も転校したり、練習環境の変化があったりと、大変だったことがうかがえます。

 

 

その後、再び仙台市に戻ってからの、ノービス時代には全日本ノービス選手権にて4連覇を達成しています。彼の頑張りが素晴らしいですよね。

 

小学校を卒業後は、仙台市立高森中学校へ進学したようです。羽生選手と同じ仙台市泉区に住まいがあったことがわかります。

 

ですが父親の転勤のために、埼玉県へ転居されたようです。そして埼玉栄中学校へ転校、内部進学で現在は、埼玉栄高校の1年生です。

 

 

憧れの選手は「羽生結弦」選手だそう(*´▽`*)

 

幼稚園の頃に羽生選手からもらったペンダントを今も大事に持っていて、今回のGPファイナルジュニアの大会でも身に着けて滑ったそうです。

 

羽生選手から手渡された宝物のペンダント

 

10年、大切に持っていたんですよね~。

 

こんなに大切にされて、羽生選手も嬉しそうに「持っていてくれたんだ」と話してましたね。

 

 

佐藤駿、ポスト羽生!?GPファイナルジュニア男子歴代最高点で初V!!佐藤駿くんはどんなフィギュアスケーター?

 

 

いや~自分の目標をしっかりと持っている選手ですね。

 

今回のジュニアグランプリファイナルでは、4回転ルッツなど3本の4回転ジャンプを飛んでいます。シニアでいうと4位相当の成績と並ぶそうです。

 

ジャンプは、6種類の3回転ジャンプと、ルッツ・トウループ2種類の4回転ジャンプを跳ぶことが出来るとのこと。

 

将来シニアでも活躍できるように、スピンの技術向上や体力アップをしていかなければならないと思っているそうです。

 

また、次期オリンピックを視野に入れ、オリンピックでの優勝を目標にしています。

自分のなりたい姿をしっかりと描いて、コツコツと練習を重ねるストイックさを持ち合わせていますね。

 

今後の活躍が本当に楽しみになってきました!

 

 

佐藤駿、ポスト羽生!?GPファイナルジュニア男子歴代最高点で初V!!コーチは誰?経歴は?

 

佐藤駿くんのコーチも調べてみましたよ。

 

現在のコーチは2人。日下 匡力コーチと浅野敬子コーチ

どうやら東日本大震災後、一時転居していた際にお世話になったコーチのようです。

 

・日下 匡力:埼玉アイスアリーナ所属、インストラクター
・浅野敬子:同上

 

 

また仙台市時代のコーチは、浪岡秀コーチです。アイスリンク仙台に所属しています。

自身も東北福祉大出身で、東北福祉大のフィギュアスケート部のコーチもしていますね。

 

それぞれのコーチの現役時代も調べてみました。

 

・1997 東日本フィギュアスケートジュニア選手権大会
10位 浪岡秀
21位 日下 匡力

 

・2000年第69回全日本フィギュアスケート選手権
28位日下 匡力

 

二人とも同時期にフィギュアスケート選手として、同じ大会に出場していますし、地方大会へも出場経験が多数あります。

(参考文献:日本スケート連盟HP等)

 

このころのフィギュアスケート界は本田武、田村岳人、村主彰枝、荒川静香などが活躍していた時代。ミムラは本田と田村をひたすら応援してた時期です。

 

日下コーチは田村岳人と同時期に日本大学所属だったようですね。

 

 

日下コーチも浪岡コーチも世界で活躍するフィギュアスケート選手にはなれなかったようですが、佐藤駿くんという選手を育てた&育てているコーチです。

 

日本のスケート界には、有名選手を何人も育て上げている、有名コーチもたくさんいますが、有名ではなくとも指導力があるということを証明しているのではないでしょうか。

 

 

佐藤駿、ポスト羽生!?GPファイナルジュニア男子歴代最高点で初V!!この子は絶対に上がってくる!という直感あり。

 

当時、羽生結弦選手がジュニアからシニアへ転向する少し前に、羽生選手の演技を見て「絶対この子は上がって来るぞ!!」という直感がありました。

 

実際に、あれよあれよと羽生選手は「世界の羽生!」になっちゃいましたね。

 

 

その時と同じ直感を佐藤駿くんに感じたんですよ。これからシニアも視野に入れてると思うのですが、今後の成長がとっても楽しみな選手です。

 

他にも、友野一希選手、島田高志郎選手などなど、楽しみな選手がたくさんいるのですが・・・

 

今後の一押しは、佐藤駿選手になりますかね。やはり、地元宮城・仙台出身の選手は特別贔屓したいですね~(*´▽`*)

 

 

まとめ

 

今回は今後のフィギュアスケート界のポスト羽生!?を思わせる、佐藤駿くんを取り上げてみました。

 

震災を乗り越え、高い志を持っている佐藤駿くんに、今後も注目していきたいと思います。